東京高等裁判所 昭和51年(行ケ)162号 判決
一 原告の請求の原因及び主張の一、二2、三は、当事者間に争いがない。
そこで本件審決にこれを取消すべき違法の点があるかどうかについて考える。
二 原告は、本件願書に添附された明細書の特許請求の範囲の記載は原告の請求の原因及び主張二2のとおりであるが、右冒頭の「本文に詳記したように」の「本文」とは、明細書の発明の詳細な説明の項に記載されていることであり、また、「次に型にて所要形状に賦形し」という場合の「型」、「所要形状」も、発明の詳細な説明の項及び図面によつて明らかとなる「型」、「所要形状」であり、従つて本件発明の要旨は、明細書及び図面の記載によつて明確に認定されるならば、原告の請求の原因及び主張二1のようにされるべきであるにかかわらず、審決はこれを二2記載のとおりとしたのは認定を誤つたものであると主張する。
しかしながら、明細書の特許請求の範囲には「発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない」(特許法第三六条第五項)のであり、発明の要旨はその特許請求の範囲の記載に基づいて認定しなければならない(同法第七〇条参照)ものであるから、特許請求範囲中に「本文に詳記したように」との記載があつても、これをもつて原告主張のように、明細書の発明の詳細な説明の項又は図面に記載されているところが全て特許請求の範囲に取込まれ、それが発明の要旨をなしていると解すべきでないことはいうまでもなく、審決が本件発明の要旨を明細書の特許請求の範囲に記載されたところ(前記原告の請求の原因及び主張二2)と認定したことにはなんらの誤りもない。原告の主張は理由がない。
三 原告は、仮に本件発明の要旨が審決認定のとおりであるとしても、本件発明には引用方法に示唆されていない新規性があり、引用方法から容易に推考され得るものではない、すなわち、本件発明は、色硝子を芯とした最中状の扁平硝子板を凹状の菊花形賦形型内に杆を下方にし、かつ該杆を賦形型の型間間隙から中央円形空間部より下方に垂下し、硝子板の外面に賦形杆により作られた放射状の凹部を有する菓子器、果物皿など、表面と周縁とが透明硝子で、芯が所要の色硝子の単色又はその複合色を呈する優雅な芸術的な香り高い硝子器を製造する方法であり、このような硝子器は従前はなかつたと主張する。
しかしながら、本件発明は原告の主張するような賦形杆、賦形型を使用することをその要件とするものでないことは、本件明細書(成立について争いのない甲第二号証)の特許請求の範囲の記載から明らかであるから、原告の主張は理由がない。
四 原告は、本件発明と引用方法とは硝子器の製造方法が異なるから別発明であると主張する(四(二)(1)ないし(4))。
しかして、右(1)の主張は、「本件発明においては、杆に巻きとつた透明硝子に接着する色硝子片は別に予め作つておくのに対し、引用方法においては、鉄棹に巻きとつた透明硝子に接着する色硝子は、透明硝子と同一の方法、すなわち鉄棹に溶融色硝子をとり、該鉄棹を作業台に寝かせて一秒間に一〇数回回転しながら色硝子の先端にカメリンを当て扁平の色硝子片を作るという相違がある。」というものであるが、成立について争いのない甲第五号証(特許庁における証人大平達夫の証言調書)、第七号証及び当審における証人大平達夫の証言を総合すると、引用方法も株式会社保谷硝子武蔵工場における同一チーム内の別のメンバーが、透明硝子とは別に色硝子を作り、これを他のメンバーが作る透明硝子に接着するものであることが認められるから、右工程は本件発明の構成要件である「予め作つておいた所要色彩を有する色硝子を(透明硝子に)密着」することに相当するものであり、その点で本件発明と引用方法との間に差異はない。また、(2)の主張は、本件発明は、溶融透明硝子に色硝子片を接着し、その外周に溶融透明硝子を附着した後、平板状の受台に切り落して、下方を扁平に形成し、更に板状の押型にて上方より圧力を加えて扁平の硝子板を形成する点において引用方法と異なるとするものであるが、平板状の受台に切り落して下方を扁平に形成し、更に板状の押型を使用して扁平の硝子板を形成するとの点は明細書の特許請求の範囲に記載されていないことであるから、この点を引用方法との差異点として主張することはできない。更に(3)、(4)の主張も、前同様本件発明の明細書の特許請求の範囲に記載されていない事項を取出して、引用方法と異なるとするものであるから、その主張は採ることができない。
五 原告は、特許庁における証人大平達夫、同越谷安正の証言及び両証人が書いた図面には互に矛盾齟齬があり、右図面は両証人が本件発明を念頭においた意図的な作図としかいいようのないものであるから、右証言から引用方法を認定することはできない旨を主張する。
しかしながら、前掲甲第五号証、第七号証、成立について争いのない甲第六号証(特許庁における証人越谷安正の証言調書)、当審における証人大平達夫の証言を総合すると、特許庁における証人大平達夫、同越谷安正の証言によつて引用方法を認定することができ、審決の判断に誤りはない。
六 原告は、審決は引用方法に関する証人大平達夫の図示について、溶融硝子を型など他の物体に押当てる操作を加えたものと考えるのが自然であり、またそうした附加的操作が格別な技術であると認められないと論じているが、そうであるとするならば、引用方法は著しく繁雑な手順を経るということになるが、その手順を経る理由を説明していないと主張する(四、(四)、(1))。
しかしながら、当審証人大平達夫の証言によると、引用方法は、まず鉄棹の先端に透明溶融硝子を楕円状に巻取り、カメリンを当てて形を整えるものであることが認められ、右の形を整えることは審決のいう附加的操作にすぎず、その操作が格別の技術であるとも認められないことは審決のいうとおりであり、右のような手順を経ることの理由について特に説明する必要はない。原告の主張は理由がない。
七 原告はまた、特許庁における証人大平達夫は引用方法においては「色硝子の色の飛ぶものもあります。」と証言しているが、本件発明においては色硝子の色が飛ぶようなことはなく、更に引用方法で用いる色硝子は単一色のものであるのに対し、本件発明のものは複数色の色彩硝子片を用いることができるものであつて、本件発明は引用方法からは容易に推考できない新規性のあるものであると主張する(四、(四)、(2))。
しかしながら、前掲甲第五号証によれば、特許庁における証人大平達夫は、引用方法によつて製作されるペーパーウエイトは前掲甲第七号証中番号K一四七―二の青色のものであつて、これは色は飛ぶことはないと証言しているし、また、本件発明においては複数色の色硝子を用いることが発明の要件をなしていないから、原告の主張はいずれも理由がない。
八 原告は、本件発明と引用方法では、硝子板を成型する加工型や成型後の硝子器の形状についての類似点はないから、本件発明は引用例から容易に推考できるものではないと主張する(四、(四)、(3))。
しかしながら、加工型の形状や成型後の硝子器の形状は、本件発明の構成要件ではないことは、前に説明したとおりであるから、原告の主張は理由がない。
九 原告はまた、株式会社保谷硝子武蔵工場を参観する者は一般人ではないから、右工場は公開工場であるといえず、従つて引用方法は本件特許出願前に日本国内において公然実施された発明とはいえないと主張する。
しかしながら、前掲甲第五号証によれば、同工場は一般人が自由に参観することができたものであることが認められるから、原告のこの主張も理由がない。
一〇 右のとおりであつて、本件発明は引用方法に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるとした審決の判断には誤りはなく、その取消を求める原告の請求は理由がないからこれを棄却する。
〔編註〕 本件における発明の要旨および審決理由の要点は左のとおりである。
本件発明の要旨
1 原告発明の要旨
杆の先端に透明硝子を塊状に密着し、該塊状の透明硝子塊の下方に予め作つておいた所要色彩を有する色硝子を密着し、この色硝子の外方に透明硝子層を附着し、最中状硝子板の芯となる色硝子を切落し部の下方における透明硝子層中に位置せしめて、爾後の工程において色硝子を芯とする最中状の扁平硝子板を形成し、次に該扁平硝子板をポンテに密着し、回転しながら加熱した後、孤状の賦形杆を放射状に設けた型に、該扁平硝子板を載せ、該賦形杆の空間部より前記扁平硝子板を順次液状に垂下せしめて、硝子器に放射状の凹凸を形成することを特徴とする硝子器の製造方法。
2 明細書記載の特許請求の範囲
本文に詳記したように、杆の先端に透明硝子を塊状に密着し、その下方もしくは下側方に局部的に予め作つておいた所要色彩を有する色硝子を密着し、この色硝子の外方及び透明硝子塊の外方に透明硝子層を附着し、最中状硝子板の芯となる色硝子を切落し部の下方における透明硝子層中に位置せしめ、もつて爾後の工程において色硝子を芯とする最中状の扁平硝子板を形成し、次に型にて所要形状に賦形し、杆を取除く際、色硝子層が切取られることがないことを特徴とする硝子器の製造方法。
審決理由の要点
本件発明の要旨は、前項2記載のとおりであると認める。
なお、昭和五一年八月二四日付でなされた手続補正は、本件審決と同日付の補正却下の決定によりこれを却下したので、本件発明の要旨を前記のように認定した。
これに対し、原査定の理由の概要は、(ガラス塊体内に)気泡を存在させる工程が付加された点を除けば、本件発明の方法と同一である方法によつて、甲第一号証(本件訴訟における甲第七号証)に示されたガラス製ペーパーウエイトが本件発明の出願前公然に製造されていた事実が証人大平達夫及び同越谷安正の供述により認めることができ、しかも前記附加的工程は格別な技術的事項でもないので、本件発明は前記公然実施された方法(以下「引用方法」という。)に基づき当業者が容易に発明することができたものである、というにある。
そこで、審判請求人(原告)は、審判請求の理由として、(イ)原審証人の大平達夫、同越谷安正の双方は異議申立人(打矢文俊)の使用人であるからその証言に信ぴよう性がない。(ロ)大平証人の書いた図面はガラス器の製造の実際に反するからその証言に信ぴよう性がない。あるいはそれは本件発明とは別の方法である。すなわち、該図面の左図において、鉄杆に付着させた透明ガラスは下端底面が水平で上方は孤状でかつ縦に長い矩形状になつているが、製造の実際にあつてはガラスは高温で溶融されているためこれを鉄杆にとるときには球状ないし宝生玉形につくのであつて、底面が水平になるものでない。あるいは、それが実際のとおりであるとするならば、溶融ガラスを鉄杆にとつた後、型に入れて処理しているのであるから、本件発明とは別異である。(ハ)証人が公然実施されていたという武蔵工場は、公開の工場ではない。また、ガラス器の製造状態もよく見えない。すなわち、大平証人の尋問調書によれば、その第二頁第二行目に「工場の門には守衛が居り予約をしていない人や、みだりには中には入れないようになつています」、更に同頁第一二行目に「……その斜め下にすぐ見えるようになつています」との証言があり、この予約は特定の人にのみ見せることであり、また製造状態も直接見せるものではなく遠くより斜め下に見えることになつているからどのようなガラス器が作られているか正確に理解し得ないので、原査定は取消されるべきである旨主張している。
よつて審究すると、請求人(原告)主張の前記(イ)の点については、両証人は異議申立人と同じ会社に勤務する社員同士であつて、使用者――使用人の関係にあるものとはいえず、仮りに証人が使用人であるとしても、それだけの理由によつてはその証拠力が否定されるべきものとはなり得ない。前記(ロ)の点については、大平証人はその経歴からみても、同会社入社以来永年にわたりガラス器の製造の実際に携わつてきたものということができるから、当該技術分野の専門家であると考えられ、溶融ガラスを鉄杆にとつた際にどのような形態になるかは充分に承知していて、その図面を書いたものと推定される。してみれば、その図面を見て直ちにガラス器製造の実際に反するものと即断すべきではなく、むしろ更に溶融ガラス塊を型など他の物体に押し当てる操作を加えたものと考えるのが自然であり、またそうした附加的操作が格別な技術であるとも認められない。(ハ)の点については、一般に製造工場の出入口には守衛が居て、外来者と工場勤務者との連絡をして勤務者の作業に支障を与えないようにし、また不意の火気持込などによる危険侵入を阻止する等により秩序維持を図つているのが普通であるから、守衛が居て予約をしていない者を中に入れない、ということだけでもつて秘密工場であるとすることはできない。かえつて、学校関係、婦人会、町内会等に対して見学をさせていたことが尋問調書に明記されていて、公開状態にあつたことが伺い知れるのである。また、製造状態が直接見えない、というけれども、同調書(第二頁第八行目以下)によれば、工場内には見学者通路が全工程を見得るようにできており、とりわけ、当該ガラス器製造箇所は一番良く見えるようになつている旨記載されている。また、その箇所は、その斜め下にすぐ見えるようになつています、とも陳述していることからして、請求人(原告)のいうように、遠くから見えるのであるからどのようなガラス器が作られているか正確に理解し得ないものであると判断することは不可能である。
以上のとおりであるから、請求人(原告)の前記(イ)、(ロ)、(ハ)の各点の主張は、いずれも容認することができない。そして、証人尋問調書からみて両証人の証言内容に矛盾、不自然な点も認められないので、原審の査定は相当である。